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アンソニー・カーター(Anthony Bernard Carter、1975年6月16日 - )はアメリカ合衆国ウィスコンシン州ミルウォーキー出身の元バスケットボール選手。NBAのデンバー・ナゲッツなどで活躍した。ポジションはポイントガード。引退後、2013年からDリーグ、オースティン・スパーズでアシスタントコーチを務め、現在はサクラメント・キングスのアシスタントコーチを務めている。 ==略歴== 高校を1年次に退学したが、サドルバック・コミュニティ・カレッジを経てハワイ大学に進学、1試合あたりアシスト数で大学記録を塗り替えるとともに史上10人目の1000ポイントも達成した。 したのち1998年のNBAドラフトにエントリーしたが指名を受けることができず、CBAのヤカマ・サンキングスで1シーズンを過ごした後、マイアミ・ヒートと契約した。 2003年、エージェントの契約手続き上のミスにより、ヒートから放出されサンアントニオ・スパーズに移籍する(このエージェントは後に解雇された)。しかし、スパーズでは僅か5試合に出場した後にロスターから外され、その年はそれ以降出場機会を与えられることはなかった。 2004年からはミネソタ・ティンバーウルブズに移籍したが、活躍の場を与えられることもなく2007年4月12日にデンバー・ナゲッツにトレードされ、シーズン終了後にナゲッツからも放出された。翌シーズンはイタリアリーグで迎えることとなったが、8月29日に所属チームから放出され、2日後に再びナゲッツと契約した。 2007年12月20日のヒューストン・ロケッツ戦で、残り0.8秒で試合を決めるレイアップを沈めチームを112-111の逆転勝利に導くと、次第に出場時間を増やしてゆき、チームの信頼を得るようになる。結局その年は、出場時間に恵まれたこともあり、得点を始めととするほとんど全ての成績で過去最高を記録し、特にポイントガードながら1シーズンで28ブロックを記録した守備力は高く評価されるようになった。 2008年7月1日、フリーエージェントとなったがすぐにナゲッツとの再契約を結んだ。2008-09シーズンは78試合に出場し、1試合平均22.9分に出場し5.3得点、4.7アシストを記録し、2009年8月14日、ナゲッツと1年130万ドルで再契約を果たした。2009-10シーズンは54試合に出場、1試合あたり15.9分の出場で平均3.3得点、3.0アシストを記録、チームのノースウェストディビジョン2年連続制覇に貢献し、2010年7月14日にナゲッツと1年130万ドル(リーグ最低年俸)で再契約を結んでいる。 2011年2月22日、カーメロ・アンソニー、チャウンシー・ビラップス、シェルデン・ウィリアムス、レナルド・バークマンと共に、大型トレードに伴い、ニューヨーク・ニックスへ移籍。 2011年12月12日、 トロント・ラプターズと契約したが〔http://www.nba.com/raptors/news/20111212/21973/raptors-sign-free-agent-guard-anthony-carter〕、2012年3月15日、ウェーブされ〔Pacers get Leandro Barbosa 〕、10月に旧チームの デンバー・ナゲッツのトレーニングキャンプに参加したが〔Nuggets announce 2012 training camp roster 〕、最終ロースターに残ることが出来ず引退した〔Denver Nuggets waive guards Anthony Carter, Ben Uzoh 〕。 2013年Dリーグ、オースティン・スパーズとアシスタントコーチ契約を結んだ〔Anthony Carter is now a D-League assistant coach 〕。 2015年8月1日、サクラメント・キングスのアシスタントコーチに就任した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「アンソニー・カーター (バスケットボール)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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